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秋田地方裁判所 平成3年(ヨ)30号 決定

当事者の表示〈省略〉

主文

一  債務者両名の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)に対する占有を解き、秋田地方裁判所執行官にその保管を命ずる。執行官はその保管にかかることを公示するため、適当な方法をとらなければならない。

二  債務者両名は、本件建物につき、左記行為をするなどして、甲会及びその他の暴力団(以下「甲会等」という。)の事務所として使用してはならない。

1  本件建物外壁に甲会等を表象する紋章、文字及び看板を設置すること。

2  本件建物内に甲会等の綱領、歴代組長の写真、歴代組長・幹部及び組員の名札、同会等及び傘下団体の名札、同会等を表象する紋章・堤灯その他の物件を掲示すること。

3  本件建物に投光機を設置すること。

4  本件建物内に甲会等の組員を立入らせること。

理由

第一申請の趣旨及び理由

別紙仮処分申請書記載のとおり

第二当裁判所の判断

一疎明資料及び当裁判所に顕著な事実によれば、以下の事実が一応認められる。

1  当事者

(一) 債務者甲儀一は、暴力団東会系甲会(以下「甲会」という。)の総長として同会を主宰し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を同会の本部事務所として使用している者である。

(二) 債務者有限会社乙企画(以下「乙企画」という。)は、本件建物の所有者である。乙企画の代表取締役斉藤文雄は従来甲会の幹部組員であったが、平成二年六月の甲会分裂に際し、甲会を脱会し、同会を破門され、広域暴力団山口組に接近している。乙企画の取締役貝塚曻司も同様である。乙企画は、一応会社形態をとっているものの、従来甲会の一組織であったものであり、本件建物を甲会の事務所として利用させてきたものである。現在では、右のとおり同社の代表取締役斉藤及び取締役貝塚が、後述する甲会離反グループに属しているため、甲会と乙企画との関係、債務者甲儀一が正権限に基づき占有しているのかなどについては不明であるが、少なくとも現在においても本件建物を甲会事務所として事実上利用させている状態にある。

(三) 債権者らは、いずれも本件建物の周辺に位置する肩書地に現に居住し、あるいは営業するなどして、平穏な生活を営んできた者である。

2  本件建物の位置関係及び利用状況

(一) 本件建物は、JR秋田駅から西南西約一七〇〇メートルの秋田市の中心部に位置する。本件建物が所在する地域は住宅、店舗等が密集し、病院、小学校もあり、本件建物が面する道路は、付近住民、買物客等が日常的に通行している。

(二) 本件建物の正面外壁には、「東」及び「甲会本部」の文字板及び甲会の紋章、投光機が設置されている。本件建物内部には、東、の代紋や甲会を表示する堤灯が飾られ、「組長」、「舎弟頭」、「若頭」、「本部長」、「舎弟」、「若頭補佐」等の肩書の下、債務者甲儀一以下組員の名札、歴代組長及び傘下団体の名札等が掲げられ、綱領、歴代組長の写真が飾られている。

(三) 本件建物は、甲会の本部事務所で、幹部組員の会合、暴力団特有の儀式、組員相互の連絡等が行われ、多数の組員が交替で泊り込みをしている。この状態は、後記の分裂後も変わりは無く、右分裂後は甲会離反グループとの対立抗争の拠点になっている。現在本件建物には、対立抗争に備え、投光機、防弾ガラスが設置されているのみならず、壁面には銃撃に備えて鉄板が張られている。

3  抗争事件の発生

(一) 甲会は東真誠会の下部組織であり、傘下に複数の組織を有していたが、平成二年六月甲会本部グループと甲会離反グループとに内部分裂し、これ以後両者は対立抗争の状態にあり、離反グループは山口組に接近する動きを見せている。

(二) 分裂直後から両グループ間の抗争による発砲事件が続いたが、平成三年二月以降これが激化し、同月一九日から同年三月二六日にかけて、以下のとおり、一四件の発砲事件が発生し、暴力団の住居と間違えられて一般住民の住居に銃弾が撃ち込まれるという事態にまで立ち至っている。

(1) 二月一九日、本件建物前に駐車中の乗用車二台の後部に銃弾五、六発が撃ち込まれる。

(2) 同日、本部グループの畠山組事務所のシャッターに銃弾三発が撃ち込まれる。

(3) 三月一九日、本件建物裏のトタン塀に三発、物置小屋に一発それぞれ銃弾が撃ち込まれる。

(4) 同日、右畠山組事務所のシャッターに銃弾三発が撃ち込まれる。

(5) 同日、離反グループ貝塚曻司組長の自宅に銃弾が撃ち込まれる。

(6) 同日、畠山組組長宅に銃弾が撃ち込まれる。

(7) 同日、元甲会組員宅に銃弾五、六発が撃ち込まれる。

(8) 同日、秋田市将軍野東の一般住宅に銃弾五、六発が撃ち込まれる。

(9) 同月二〇日、乙企画の代表取締役斉藤文雄宅に銃弾数発が撃ち込まれる。

(10) 同月二一日、本件建物付近の一般住民宅ドアに銃弾六発が撃ち込まれる。

(11) 同日、離反グループ組員宅に銃弾数発が撃ち込まれる。

(12) 同月二三日、離反グループの組員が出入りしている「丙企画」の外壁に銃弾四、五発が撃ち込まれる。

(13) 同日、離反グループ組員の実家に銃弾二発が撃ち込まれる。

(14) 同月二六日、離反グループ組員宅のあるアパート外壁に銃弾が撃ち込まれる。

(三) 平成三年三月二六日以降、発砲事件等目だった抗争事件は発生していないが、依然対立抗争状態は解消されておらず、再び発砲事件が発生し、一般住民が抗争事件に巻き込まれるという危険性は続いている。

4  住民の対応

右のとおり、発砲事件が多発し、一般人の住居にも銃弾が撃ち込まれるという事態の中で、銃弾が撃ち込まれた住居の付近住民をはじめとして、その不安が増大し、自衛のため所有者が、賃貸している暴力団組員の住居明渡断行仮処分を申請したり、市民が集結し暴力団壊滅を訴えるための集会を開催するなどの運動が展開されている。また、現在においても本件建物付近を警察官が常時警戒するという状態にある。

二被保全権利

1  何人にも生命、身体を害されることなく平穏な日常生活を営む権利すなわち人格権があり、この権利が受忍限度を越えて違法に侵害されたり、あるいは侵害されるおそれがある場合には、人格権に基づき、侵害者の行為の差止を請求することができる。

2  右認定のとおり、甲会本部グループと離反グループとの間の抗争で今年に入り一四件もの発砲事件が発生し、本件建物に関しても二回にわたり銃弾が撃ち込まれているばかりか、何の関係もない一般住民の住居に暴力団組員の住居と間違えられて銃弾が撃ち込まれるという事態にまで至っており、しかも、依然対立抗争状態は解消されていないのであるから、本件建物周辺で発砲を伴う抗争事件が発生する可能性は極めて高く、本件建物に面する道路を生活道路として日常的に通行するなど本件建物周辺に居住し、あるいは営業する債権者らが、抗争事件に巻き込まれ生命、身体に危害を加えられる危険は十分認められ、また、こうしたことにより債権者らの平穏に生活する権利が害されていることも明らかである。そして、このような債権者らの生命、身体に対する危険、平穏に生活する権利の侵害が、本件建物が暴力団である甲会の本部事務所として使用されていることによるものであることも前記認定事実により明らかであるから、債権者らは、現に暴力団事務所として使用している債務者甲儀一に対し、人格権に基づき、本件建物を暴力団の事務所として使用することの差止を求めることができる。また、本件建物の所有者乙企画に対しても同様の権利を有するものというべきである。なるほど、乙企画は自ら暴力団事務所として使用しているわけではない。しかし、前記認定のとおり、従来乙企画は会社とは名ばかりの甲会の一組織であったものであり、現在その関係は不明であるが、依然暴力団事務所として使用させており、乙企画自ら暴力団事務所としての使用を排除することは考えられず、これからも暴力団事務所として使用させるであろうことは当然予想されるところであって、このような状態のもとでは、乙企画が本件建物を暴力団事務所として使用させることは、債務者甲儀一とともに債権者らの人格権を侵害するものといえるからである。

三保全の必要性及び保全の方法

1  そこで、保全の必要性及び保全の方法につき検討する。前述のとおり、依然発砲事件等の抗争事件がいつ発生してもおかしくない状態にあり、その危険や不安を除去すべき緊急の必要性に迫られていることは明白である。そのためには、本件建物が暴力団事務所として利用されることを完全に排除する必要性があるところ、債権者らが申請の趣旨第二項で禁止を求めている事項は、いずれも暴力団事務所として使用する場合の重要な要素であり、右事項の中には外部からは看取することができないものがあるが、暴力団事務所としての利用を完全に排除するという観点から、いずれもその必要性を肯定することができる。

2  更に、債権者らは、本件建物につき暴力団事務所としての使用禁止だけではなくいわゆる執行官保管の仮処分をも求めている。執行官保管は、通常、債務者が占有する目的物に対する引渡請求権を保全するため、目的物の現状維持をはかるべくなされるものである。本件仮処分申請の被保全権利の内容は、本件建物を暴力団事務所として使用することの差止という不作為請求権であるから、仮の地位を定める仮処分として許される仮処分の方法は、債務者に対して被保全権利と同一の不作為を命ずるに止まるのが原則であり、執行官保管まで命ずることは、本案請求権によって実現される内容との関係上原則として許されないと言うべきである。

しかしながら、法律上仮処分の方法については特に限定されてはおらず、裁判所はその裁量により必要な処分をすることができるのであって(民事保全法二四条)、債権者に予想される侵害、危険の程度が甚だしく、かつ、それが切迫しており、一方、債務者が不作為命令に従わないおそれが強く、間接強制を待つのでは債権者に酷な結果を招来することが明らかな特段の事情がある場合には、極く例外的にではあるが執行官保管の仮処分により債務者が具体的に被る不利益の内容、程度をも勘案したうえで、仮処分の方法として執行官保管の仮処分を選択することも許されるというべきである。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり本件建物周辺の居住者である債権者らは、甲会本部グループと離反グループとの対立抗争による多数回の発砲事件により、日常的にその生命、身体の危険にされされているのであって、その危険、不安を除去する緊急の必要性があることは明白であり、一方、右認定の債務者らの属性、本件建物の文字板及び今日までの利用状況からすれば、債務者らにとって、本件建物はまさに暴力団事務所として使用する点に価値があり、当面乙企画が本件建物をその他の用途で利用することは考えられず、今後も暴力団事務所としてのみ利用されるであろうことは当然予想し得るところである。したがって、暴力団事務所としての使用禁止の仮処分命令が発せられても、これに従わず依然暴力団事務所として利用することが充分予想され、間接強制の実効性にも多大の疑問がある。また、前述のとおり、当面本件建物は暴力団事務所としての利用のみを目的とするものであり、その他の用途の利用は考えられないところ、債権者らを生命、身体の危険からのがれさせ、平穏な生活を回復するために、債務者らが本件建物を暴力団事務所として利用することが制限されたとしても、それは全体的な法秩序に照らし決して不当ということはできない筈であるから、本件においては、暴力団事務所としての使用禁止を命ずるとともに、右使用差止を実効あらしめるため、そして本件保全の目的である債権者らの人格権に対する重大な侵害を排除するため必要不可欠なものとして執行官保管の仮処分をも命ずる次第である。

四よって、本件仮処分申請はいずれも理由があり、本件事案からして担保を要する場合ではないから、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官秋山賢三 裁判官山本博 裁判官川本清巌)

別紙〈省略〉

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